スラップスティックCD-BOX購入

http://www.tanomi.com/slapstick/
長らく迷っていたが、購入済みの知人F氏に聞かせてもらっている内に我慢できなくなり、購入。
CD12枚+DVD1枚で20000円は間違いなく割安なのだが、
経済的には痛い。次の給料日まで倹約せねば。


今や伝説的な声優によるバンド、スラップスティック
野島昭生曽我部和行古川登志夫古谷徹神谷明(後に三ツ矢雄二鈴置洋孝と交代)という、
当時の主役級ばかりのスター声優が顔を揃えていた。
一番メジャーな曲は「意地悪ばあさん」OPとパタリロED「クックロビン音頭」だろうか。


私が考える、スラップスティックCD-BOXの重要な点は3つ。


1.声優ユニットの先駆的存在
今では星の数ほどもある声優によるユニットだが、
スラップスティックはそのもっとも早いものと言っていい。
しかし、現在のそれと違うのは、元々自分たちの趣味で始めた「アマチュア・バンド」だったと言うこと。
CDデビュー前提の現在のユニットとは違い、レコードデビューは当初念頭になく、
言ってみれば「職場の仲間で自分たちの楽しみの為に始めた社会人アマチュアバンド」
といったノリだったのだろう。
だがこれほどの人気者集団がほっておかれる筈もなく、約6年で12枚ものアルバムを出す
引っ張りだこの怒濤の活動を展開することとなる。
DVD添付ブックレットに載っているスケジュール表を見ても、殆ど毎月ライブをやっている。
「ライブはいつも満員だった」(DVDコメンタリーでの発言)
勿論普段の声優活動、及び人によっては劇団の活動も平行してやっていた訳で、
「人生で一番忙しい時期、寝る暇もなかった」(同DVDコメンタリーでの発言)
というのは嘘ではないだろう。
声優ということで主にアニメファンの範囲内での知名度ではあったが、超人気バンドだったわけだ。
今でも、ここまで人気のある声優ユニットは、なかなかない。


2.ナイアガラマニアからの需要
もはや伝説上の人物とすら言えるポップス職人、大滝詠一
彼はスラップスティックに5曲提供している。
そしてその中に、後に大ヒットアルバム「A Long Vacation」に収録される楽曲の原曲が含まれている。
「Be Caution with Slapstick」収録の「海辺のジュリエット」は、「恋するカレン」の平歌部分。
「トロピカル」収録の「デッキ・チェアー」は、まるまるそのまま「スピーチ・バルーン」である。
これらは、以前からナイアガラマニア(大滝氏の個人レーベル名から、大滝ファンをこう呼ぶ)の間では有名であった。
大瀧詠一ソング for スラップスティック : MM-blog 靴、物欲ときどき、サッカー
これらが録音された'79~'80年は、ナイアガラレーベルは丁度コロムビアからソニーへの移行期に当たり、
大滝氏は自身のレコードを制作せず、主に楽曲提供中心に活動していた。
ロンバケ」制作前に、それまでのリズムタイプ中心の楽曲から
メロディタイプ中心に移行する過程で、いわば試作品としてこれらを提供したのかも知れない。
(「ロンバケ」には他にも、他人への提供作品を自分用に作り直した曲がある)
そういう意味では、「Let's Ondo Again」から「A Long Vacation」の間の
ミッシングリンクを繋ぐ貴重な音源と言えよう。


だが、スラップスティックのレコード自体が余り出回っておらず、
CD化もされていなかったのでなかなか聞けなかった。
それが今回のBOXでまとめて聞けるようになったのだ。これは見逃せない。
というわけで、昨今御大の活動がなく大滝成分に飢えた世のナイヤガラファンが、
このBOXを買っているという。
声優に全く興味がない人でも、泣く泣く大枚20000円を出して。


3.GS再評価の先駆者的存在
スラップスティックはスタジオ録音のオリジナルアルバムを9枚出しているのだが、
その内の3枚までがなんと、GSをテーマにしたものなのだ。
「moro GS」「GS TIC」「GS伝説」である。
冒頭のF氏はコンサートも見に行った(殆ど女性客だったそうだ)リアルタイムのファンなのだが、
彼によると、音楽面のリーダーだった曽我部氏が大のGSマニアだったそうで、
その主導によるものだという。
実際、ライブDVDを見ると、曽我部氏はモズライトを使ってテケテケの所謂「エレキ」サウンドを出しており、
奏法的にもその辺りの影響が大きいのはよく判る。


思い出してみて欲しい。この時期、'70年代終り頃の、世間でのGSの扱われ方を。
要するに「懐メロ」である。それは歌謡曲の一亜種でしかなく、
バンドをやっているような人間からすれば、「あれはロックではない、ダサい懐メロ」と蔑まれていた。
(タイガース再結成は'82~3であるが、完全に「歌謡曲の懐メログループ」扱いだった)
ネオGSが登場して、黒沢進氏に代表されるような、ロック畑からの
ガレージバンドとしてのGS再評価」がなされるのは'80年代後半~'90年代になってからである。
スラップスティックがGSを取り上げたのは、それに10年も先行していたのだ。
この事は特筆すべきである。


そういった時代的な限界もあってか「懐メロ」的な要素もあるが、
あくまでもバンドとして作った為に、
結果的にGSのコーラスグループやエレキバンドとしての要素が強調されて仕上がっている。
曽我部氏のテケテケギターが核にあり、メンバーそれぞれが個性的な声質を持つという声優バンドの特質が、
GSを再現する上でうまく機能したのだろう。


作家も、「本物のGS作家」であった井上忠夫かまやつひろし、鈴木邦彦、
すぎやまこういち加瀬邦彦等を起用している徹底ぶり。
声優のただのお遊びバンドに見えたスラップスティックは、実は大変マニアックな事をやっている
趣味趣味バンドだったのだ。
声優だからといって埋もれてしまうのは惜しい。


その他のアルバムにも、いい楽曲が多い。
アルバム「COBALT MOON」はAOR的な要素も強く、
アルバムタイトル曲は「'80年代ジャパニーズAORの隠れた名曲」として充分通用する。
知らずに聞いたら声優バンドの曲だとは判らないだろう。
(非常にタイトな演奏は本人達のものかどうか少々疑問が残るが)
神谷明在籍時のライブアルバムが入っていないのは残念だが、
限定1000セットで、今後中古市場に出てくるとも考えにくい商品なので、
迷っている人は今の内に買っておくべきだろう。


一番気になる事。
ライブDVDで、何度か観客席が映る。その時に映っていた女性ファン達。
彼女達に、果たしてこのCD-BOX発売のニュースはちゃんと届いているのだろうか?
当時スラップスティックを見て、追いかけ、支えていた、
このCD-BOXが一番届くべきの彼女達に。