160キロ男クルーンは、実は変化球投手なのだ

岡田&牛島監督“演出”!藤川−クルーン2戦連続豪華リレー
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/npb/headlines/20060722-00000048-kyodo_sp-spo.html


今年のオールスターの白眉は、阪神の藤川であった。
現在、「それと判っていても打てない」
と言われる、藤川の伸びるストレート。


去年、藤川は年間最多登板記録を塗り替え、
その酷使振りに「来年以降は危うい」と言われた。
実際、例年より早めの調整を強いられたWBCの影響もあって、シーズン当初は不安定であったが、
5月位から、去年よりも凄い驚異的なピッチングを披露しだした。
並み居る強打者達をバッタバッタと空振り三振に仕留め、
無失点記録を歴代単独7位となる47回2/3まで伸ばした。
他の記録保持者の殆どが、投高打低だった昭和40年代までのピッチャーであることを考えると、
これは驚異的な記録だ。
http://www.nikkansports.com/baseball/p-bb-tp0-20060712-59263.html
http://www.nikkansports.com/baseball/f-bb-tp0-20060712-59641.html
昨今の投手は複数の変化球を操るのが普通だ。
勿論藤川もフォークやカーブを投げるのだが、
もっとも威力があるのはストレートである。
バッティング技術が進化した現在、ここまでストレートで空振りを取れる投手は他にいない。
藤川6者連続三振前半
藤川6者連続三振後半

彼の驚異の伸びるストレートは、今年のペナントレース前半の大きな話題だったが、
オールスターという舞台で、その姿を全国の野球ファンに見せつけた。


特に、第1戦9回表に出て来た時は凄かった。
パ・リーグを代表するバッター、カブレラと小笠原に、あらかじめ「ストレートのみ」を予告し、
その上で2人とも空振り三振に打ち取った。
カブレラは全くボールに触れることも出来ず、空振り三振。
小笠原も、辛うじてファールにはするものの球は全く前に飛ばず、空振り三振。
2006オールスター第1戦 藤川対カブレラ、小笠原
来るのはストレートと判っているのである。なのに、打てない。
空振りの殆どが、球の下を振ってしまっていることからも、藤川のストレートの恐ろしい伸びが判る。
1球1球、観客は息を呑んで見守った。これほど緊迫したオールスターの場面もなかなかない。


ストレートだけで三振を取りまくるなんて、まるで漫画だ。
直球一筋の「男ドアホウ甲子園」の藤村甲子園のようだ。有り得ない。
その漫画のような事を、藤川は現実にやってしまっているのである。まさに生ける伝説だ。


割を食ってしまったのは、次に登場した横浜のクルーンである。
直球だけで2者連続空振り三振を取った藤川の後、「日本最速160K」を謳われるクルーンが出て来た。
藤川のスピードガン表示は最高で153Km/h。
観客は当然、「では160Km/h出すクルーンは、もっと凄いのか?」という興味を持つ。
が、クルーンの投げた第1球を、打者里崎はいとも簡単にセンター前に運んでしまった。
2006オールスター第1戦 クルーン対里崎、フェルナンデス
続くフェルナンデスは空振り三振に取り、試合終了。
160キロには惜しくも届かなかったとはいえ、158キロと159キロしか出なかったという、相変わらずの速さ。
しかし、藤川のストレートの伸び、打者の反応を見た後では、
クルーンは最速160キロと言っても、藤川の153キロの方が威力があるのでは?」
という感想が出る結果となった。
クルーンの場合、里崎にあっさりヒットを打たれたし、フェルナンデスも普通に前にファウルを打っていた。
何しろそれに比べれば、藤川の球はまともに前にすら飛ばなかったのだから。


現在のスピードガン表示は、投げた瞬間の初速を計る物だ。
冒頭にリンクを置いた記事でも、2人の球質の違いが語られている。
映像で見ると、藤川の直球はキャッチャーミットまで一定のスピードで進み、
打者付近でもスピードが落ちていない様に見える。
「初速と終速の違いがあまりない」というのはこの辺りだろう。これが「伸び」と言われるものだ。
これに比べると、クルーンの球は普通である。確かに速いのだが、藤川ほどの「伸び」は感じられない。


しかし実はこの勝負、クルーンには大きなハンデがあった。
余りにも「160キロ」が喧伝されてしまった為に世間には忘れられてしまっているが、
クルーンは本来「変化球投手」なのだ。
彼は
フォークボールピッチャー(たまたま直球が160キロ出る)」
というのが、投手としての正確な位置づけだ。
勿論素晴らしく速いストレートは、藤川ほどの伸びはないがそれだけでも大きな武器だ。
しかし、ストレートを見せ球として使い、
決め球はフォークというのが、彼の本来の投球スタイルだ。
このコンビネーションこそがクルーンを横浜のクローザーたらしめているものであり、
ストレート単体だけ取り出しては、投手クルーンは生きてこない。


160キロのストレートばかり言われるが、彼の一番凄い球は140キロ台後半のフォークなのだ。
実際、甘いところに行ったストレートはしばしば痛打されているが、
ストレートを見せておいて低めに素晴らしく落ちる変態フォークは殆ど打たれない。
日本のフォークボールの元祖、杉下茂氏はよく
「140キロ台のフォークは誰も打てない」
と言っていた。
「140キロ台のフォーク」など、そんなものあり得るのかと疑問だったが、
とうとうそれを投げる投手が遂に現れたのだ。
フォークなのに、下手な軟投派投手のストレートよりも速いのである。これだって有り得ない。
むしろこちらの方をこそ注目すべきだろう。


藤川にとってストレートは空振りを取れる「決め球」「ウィニングショット」(その時点で驚異なのだが)。
オールスターでのストレート連投は、彼にとってはウィニングショット連投ということだ。
だから空振り三振が取れた。
クルーンにとっての決め球はフォーク。
だから、藤川のストレート連投に対応するのは、クルーンの場合、「フォーク連投」の筈。
決め球対決なら、あの場面でクルーンは「全球フォーク」というのが正解だったのだ。
しかし、あの場の空気はストレート以外投げることを許さなかった。「160キロ男」の呪縛である。
それと共に、ストレートで空振りを取りまくる現在の藤川が、いかに有り得ない存在か、
よく判る場面だった。


ピッチャーは皆剛速球に憧れる。
しかし、ストレートの威力自体は、スピードガン表示だけでは計れないことが、
この2人の球を見ると改めて判る。
よく、「誰が最速投手だったか?」が問題になるが、
スピードガンのなかった時代の剛速球投手達の速度は推測の域を出ず、
記憶や体感速度だけでは決定できない。
より「伸びる」球を投げた投手が、より打ちづらく、従ってより速く感じられただろうし、
それは正確な時速とは又別だという証拠である。
しかし、打者が打てない球こそが「打者に効果的な球」なのであって、
その前で「正確な速度比べ」など何になろう。野球は、スピード競争ではなく、打者を打ち取って試合に勝つことこそ目的なのだから。


剛速球を謳われた投手は過去何人もいた。
沢村栄治尾崎行雄山口高志江夏豊江川卓、等々。
しかし「剛速球」の命は短いのだ。戦争で亡くなった沢村は別にしても、
尾崎や山口は早く故障し引退、江夏も肩を痛めて投球術で補った。
投手としては生き延びても、剛速球自体は投げられなくなっていく場合が多い。
その命の短さに、痛ましさを感じつつ我々は限りないロマンを感じるのだ。
選ばれた人間にしか出来ない、そしてあっけなく消えていく脆さを秘めた「剛速球」という業に。


藤川の今後は判らない。
しかし、現在のような、恐ろしいほどの伸びのあるストレートをいつまで投げられるのかは未知数だ。
(その事を一番判っているのは本人だろう)
今、藤川のストレートはまさに「旬」である。
野球ファンならば、必ず目撃しておくべきだろう。現在起きている(そして今後いつ起こるか判らない)奇跡を。